いずれ証明され得る少女という命題 後





デジャヴってこういうの言うんだろうな。

先週と同じ購買前。
先週と同じパンの袋がふらふら歩いてくるのを見て、退は思わず吹き出した。

「今日も弁当忘れたアル?」
「…沖田さんがね」

というか、前見えてるのか?これ。

「周りが甘やかすと付け上がるアル。あーゆー生意気なガキは一度痛い目見たほうが成長するのヨ」
「耳が痛いなぁ」

手を差し出すと、当然のように紙袋が押し付けられた。

仕方ないから今日も優しい神楽様が恵んでやるヨ。

にししと白い歯を見せて笑う顔が紙袋越しにひょっこり覗く。
神楽は珍しく瓶底眼鏡を外していた。
見慣れない素顔に驚いて、退は呆けたように見入った。

「どうかしたアル?」
「いや…その」

隣を歩く神楽の上目遣いが肩越しに不思議そうな視線を投げてくる。

「あ、沖田さんのことだけど!一応成長中なのかもって最近」
「せーちょおちゅうぅ?」

苦し紛れに口にした総悟の話題に、神楽は怪訝な表情になった。

「表情や口調が少しだけ柔らかくなったし」
「毎日S顔で罵詈雑言投げてくるアルけど?」
「微妙な変化だけどね」

パシリ扱いとはいえ、総悟との付き合いは長い。
相手の方がそう思ってくれているかは謎でも、友人を否定されて黙っていられる退ではないので意地になって弁護する。
見た目と性格のギャップが激しさゆえに誤解されがちだが、総悟自身は今時珍しいくらい一途な少年だと思う。
普段中々素直になれないだけで。

例えば先週、購買から戻った退にさり気無く一言礼を言った事。
驚きで目を見開いた退を睨んできた目の端が照れて赤くなっていた事。
些細なことではあるけれど、感情を表に出すようになってきている気がする。

総悟は認めないだろうが、近藤や土方をはじめとする一部の人間達は彼の根っこの部分の繊細さと純粋さを知っている。
その一部の連中に付いて行こうと、退は密かに心に決めていた。

「恋でもしてるんじゃないかなぁ。沖田さん」

良い恋をしてくれているといい。
誰かを好きになって、大切にしたいとか優しくしたいとかずっと一緒にいたいとか。
そんな感情に触れたとき、彼はどうするんだろう。
道場ではずっと背中を追う立場だったけれど、総悟の性格のためか、手のかかる弟のような気持ちで見てしまう。
やはり、甘い。
苦笑した退は、神楽が眉を寄せて視線を逸らしたことに気付かなかった。

「もともと女に不自由するような奴でもなかったダロ」
「それはそうだけど。今までどっちかって言うと勝手に女の子が寄っくるパターンばかりで、自分のペースは崩さない人だったからさ」
「ソレはアレか?調教とかSM的な意味でアルか?」

両手で抱えていた紙袋を横から強い力で奪い取られる。
不穏な空気に退がやっと気付いたとき、神楽は俯いて紙袋を抱き締めていた。
紙袋の中で先週よりも激しくパンが変形しているんだろうな。
頭の隅でそんな悠長な方向に意識を飛ばしつつ、退は真っ白な神楽の指先から目が離せなくなっていた。
力の入りすぎた危なっかしい手付きで、紙袋の中から次々とパンを取り出していく。

「アイツはガキヨ。
 デリカシー無いし、我侭だし、自分勝手だし、頭にくること平気で言うし、わざと動揺させて振り回して喜ぶし、乙女に本気で手を上げて絶対に負けを認めない心の狭ぁぁい糞サド野郎アル」

早口に捲くし立て、呆然と佇む退に紙袋を投げ返す。
ほとんど空になった紙袋は、退にぶつかる前に減速して足元に落下した。
両手にパンの山を抱え、恐らくA組に行くであろう神楽の背中を退は為す術無く見送っていた。









「激辛明太にオレンジジュースたァ…お前の嗜好かィ?」
「…食い合わせおかしいですよね」

何せ紙袋に残った組み合わせがソレだったのだ。
もっとマシな選択肢は無かったのか。
退は溜息を吐いて踵を返す。

「コンビニ行って何か他の買ってきます」
「いい。辛いの好きだし。丁度オレンジ飲みたかったし」
「…は」

総悟は半分寝たような目付きで、オレンジジュースのストローに息を吹き入れて遊んでいる。

「どうせ寄越すなら次は手作り弁当のほうにしろって、言っといて」

ぶくぶくと液体が泡立つ音のする紙パック。
拗ねたような、酷くつまらなそうな表情の総悟に、退は眉を上げた。








「で、本当に持ってきてくれたんだ」

白から紫へ淡いグラデーションに染められた兎柄の風呂敷包みをまじまじと見詰めながら退は呟いた。
中身は恐らく、手作り弁当。

「ジミーが持って来いって言ったアル」

不服そうな表情で握り締めた結び目をぐいぐい押し付ける神楽に思わず苦笑が零れる。

「俺じゃなくて沖田さんだよ」

胸の奥がつきりと鈍く痛んだ。
理由は何となく想像が付いていたけれど、今それを告げる気にはならなかった。

「神楽さんだったんだね」
「何がネ?」
「沖田さんの好きなひと」

何となく馴染みの場所になってしまった階段に腰掛ける。
踊り場に佇む神楽は酷く頼りなく見えた。

「…知らない」
「違うの?」
「わかんない…アル。アイツ、何も言わないし」

両手の指先を落ち着き無く絡めては離す。
その仕草は、普段暴れる彼女から想像付かないほど「女の子」のものだった。
分厚いレンズに隠れて表情は伺えないものの、頬が仄かに染まっているのも見て取れる。
総悟の焦りが解る気がした。
きっとこういうとき、抱き寄せて優しくしてしまいそうになるんだろう。
自他共に認めるドSにとって、アイデンティティ崩壊の危機に違いない。
そう易々とは認められないはずだ。

「大丈夫だよ」

自然と笑顔が浮ぶことに自分でも驚いていた。

「確かにまだまだ子供だしサドだし腹黒いところもあるけど、本気で女の人騙す程根性も無いから、あの人」

自分のお人好しなお節介に呆れた。
こんなのは失恋とは言わないのかもしれない。
まだ、自分の気持ちも掴めないままなのだ。
心のどこかで耐え難く痛むひずみがあるのも確か。
それでも。

「信じても、害は無いよ」

彼女が笑ってくれるなら、それでもいい気がした。
彼が本当に優しくなれるなら、出来る限り手を貸したかった。
勝手な自己満足だと分かっているけど、偽善的だと嗤われることになるかもしれないけれど、迷いはない。
感情に支配されない冷たい部分で、これが一番上手いやり方なのだと確信していた。

「ジミーの馬鹿。嘘吐き」

眼鏡のガラス越しに、僅かに揺れる青い瞳。
気丈に微笑もうとする神楽に退は胸が詰まった。

「もう散々振り回されてるヨ。実害、ありまくりネ」

直向きな笑顔は、そのまま神楽の想いの丈を映す。
自分もこの瞳に見詰められたいと願ってしまうほど綺麗だった。
彼女が恋をしてくれていて良かった。
そうでなければ惹かれたかどうかも分からないけれど、いま退が見詰めている意味に気付かれることもないだろうから。



汐さまより、総悟(相互)記念のお礼に頂きました、3z沖神←山で幼馴染設定!
拝読しながらニヤニヤしたのは言うまでもありません^^
本当にありがとうございます!!


モドル