空を仰ぐ 後




結果から言えば、携帯は3日後に復活した。

『ごめんね、銀さんにはよく言っとくから。というか、もう姉上がのした後だから』

許してやってくれないかな。

申し訳無さそうに繰り返す新八を、電話回線突き抜けて殴りに行きたくなった。
種明かしは聞くも阿呆らしい話だった。
地方に遠征に行くことになった総悟から、万事屋は携帯代の支払いを依頼されていた。
その今月分を、糖分の切れて久しい銀時がパフェ代に使い込んでしまった。
すぐに返すつもりだったらしいのだが、そんな日に限ってお勢登が家賃の取立てにたまを差し向けてきた。
文字通り有り金を全額持って行かれて途方にくれていたところに、幸か不幸か妙が万事屋を訪れた。

『それで?神楽ちゃんが困ってるっていうのに、大の男2人が雁首並べて何も出来ないって言うんですか?』

青い顔をした新八と銀時を見下ろして、妙は菩薩と讃えられる微笑のままパキリと指を鳴らしたという。

『姉上の貯金を出させるなんて。銀さん、ただじゃ済まないと思うよ』
「済んでたらこっちが承知しねぇんだヨ、あの天パ!」

通話口に向けて噛み付く神楽を宥める新八の声も実はかなり久しぶりなのだが、湧き上がる怒りでそれどころではなかった。

「ちょっと銀ちゃん出せヨ!再起出来ないくらい罵ってやるから!」
『姉上の実力行使で、もうとてもじゃないけど喋れる状態じゃ…。
 というか、神楽ちゃんは早く沖田さんに電話してあげた方がいいんじゃない?
 連絡取れなくて心配してるよ』
「アイツは数ヶ月連絡取れなくても全然大丈夫な奴アル!」
『大丈夫かもしれないけどさ、寂しいかもしれないじゃない』

朗らかに言われた一言は神楽の脳天を突いて刺さった。
寂しい。
そうだ、寂しかった。
少なくとも神楽は。
でも、総悟は?

一度言い出すと新八は頑固だ。
必ず連絡を取るように念を押し、たまには万事屋にも連絡すること、身体に気をつけることを約束させて通話を切った。




呼び出しのコール音が続く。
何回かけなおしてもいつまで待ってみても、留守電にも繋がらなかった。

新八の話だと遠征は昨年の秋からで、数週間の予定だったものがもう半年に入る。
江戸郊外での久々の大規模な攘夷志士テロに戌威星の大使館職員が巻き込まれたとかで、一気に泥沼化した現場の鎮圧に投入されたらしい。
そもそも総悟は無事なのかと問いただすと、憎らしいくらい元気な声で依頼の電話があったから大丈夫だという。
和平交渉中のため主に被災地の復興を手伝っている状況で、一応の危機は脱したのだと。

生きるか、死ぬか。
一瞬たりとも気の抜けない場所を仕事場にしているのは自分だけではなかった。
そんなこと、はじめから分かっていたはずだ。
総悟が戦っているのも知らず、返事が遅い、短いと拗ねていた自分が恥かしい。
妙の計らいのお陰で再び繋がった携帯には総悟からのメールが届いていた。
遠征先なのか、見たこともない古い大きな桜の枝と青い空が写っていた。
ちゃんと、考えてくれていた。
永遠に続くコール音は、見限ったのだと疑った気持ちを許さないと宣言されているような気がした。





夢の中で、声が聞こえた。

『…チャイナ?』

酷く懐かしい、掠れてノイズ混じりのそれがたまらなく愛しかった。
必死で追いかけようとするのに、背中は遠ざかるばかりで。

ごめん、ごめんなさい。
信じていてあげられなくて。
辛いなんて思って、ごめんなさい。
待っている時間だって大切だった。
あなたが必死に生きてる今を、どうか私にも背負わせて。

「そうご…っ」

その名を口にするのは初めてかもしれない。
胸の中で何度も呼んだことがあるはずなのに、その響きを口にして、耳で聞くことに違和感を覚えた。

そう思ったのはどうやら自分だけではないらしい。
相手が一瞬戸惑った空気が伝わってきた。
その生々しい感覚が神楽を一気に現実に引き戻した。

「…沖田?」
『あ、やっぱチャイナなんだ?』

握り締めたままの待受画面は、通話相手が間違いなく総悟だと告げている。
いつの間にかうたた寝してしまったらしい。
神楽は慌てて居住まいを正した。

「お、お前、」
『何?何か用?』
「何かって…!」
『用が無いなら切るぜィ』

久し振りの会話なのに、相変わらず愛想の欠片もない。
寧ろ不機嫌を前面に押し出してる気がする。

『喋れよ、何か。本当に切るぞ』
「何かって何ヨ」
『何でもいい。声、聞きてェ』

捉えようによっては甘い台詞だが、声は平坦なまま最低限の抑揚しか紡がない。
何を話すべきか考えて、ふと時計を確認する。
江戸までの時差ってどれくらいだろう。
もしかして真夜中だったりしたら、非常識だと怒ってるのかも。

「もしかして、斬ってたアルか」

声に出してから、しまったと口を噤んだ。

『…何、もしかして、見えてんの?』
「んなわけねーダロ」

眠いときの声というより、疲れて淀んだ声に近い気がした。
まだ地球にいた頃の、血の臭いに倦んだときの彼を思い出した。
思いついたまま口にして、自分の気遣いの足り無さが情けなくなった。

『最悪。年単位で放置プレイの挙げ句ようやく話せるってのに、周り一面血の海ってどういうロケーションでィ。
 空気読んでかけて来いよ』
「…無茶言うなアル」
『あんまり連絡ないから、電話の使い方知らねェのかと思ってた』
「馬鹿にすんなヨ。使い道はちょっと、わかんなかったけど」

自分だってかけてこなかったくせに。
頬を膨らませて、言葉を探し、選ぶ。
昔は話題なんてわざわざ探す必要なかったのに。

「つーか…大丈夫アルか」
『あー。色々食らったけどとりあえず無傷みたいなもん』
「どっちだヨ、それ」
『心配してんのかィ』
「そういうわけじゃ、」

心配なんかしてなかった。
する余裕も無かった。
自分の気持ちで精一杯で。
思い出して、眉根が寄る。

「お前、何で携帯なんか渡したネ?」
『お前、まだそこで躓いてたんかィ』

居たたまれなさで押し黙った神楽を、通話口越しに総悟が笑った気配がした。

『…分かりやすいかなと思って。
 離れてても俺が死んだら携帯止まるし、お前の方が嫌になったら捨てればいいだろィ。
 確証ねェのにいつまでも信じて待ち続けるなんて時代でも無いし。
 こんな仕事やってると、待ってるなんて約束守れる保証はどこにもねェ』
「そんなの、お前だけじゃないヨ」
『だからそれも含めて。俺だって、あの時点でこんなに気持ち引き摺ると思ってなかったんだよ』
「未練がましいヘタレアル」
『お互い様』

疲れているのか、それとも凄惨な現場で気分が麻痺し高揚しているためか。
それとも単に電話越しだからなのか。
総悟はどこか投げやりに、普段なら神楽に見せない隙まで晒している。
強がりで負けず嫌いのガラスの剣にしては、有り得ないほど素直で無防備だった。
弱みを見せてもらえることに、馬鹿みたいに浮かれてしまっている自分を感じて俯いた。
どうしよう。
なんか、すごく好き、かもしれない。

「沖田」
『んー?』
「ヘタレの汚名、返上するチャンスをやるアル」

向こう側が、俄かに騒がしくなった。
近付いてくる真選組のパトカーの音が懐かしい。

「地球に戻るまで私だけをずっと待ってるって、言うヨロシ」
『普通それ、男から言う台詞じゃねェだろィ』

総悟が、今度は声を上げて笑い出した。
パトカーのスピーカーが撤収を促している。
時間はもうあまり残されてはいない。

『俺さ、自分も含めて今結構エグイ感じなんだけど。
 間違っても告白とか誓いとか、そういう雰囲気じゃねぇんだけど。
 目ェ瞑っても鉄臭いし。
 科学技術なんて日進月歩なんだからさ、この気持ち悪ィ感覚も伝えるべきだよな、携帯は』
「勿体ぶってんじゃねーヨ。生娘でもあるめーし」
『それは女が言う台詞じゃねェ』

いよいよ笑いが止まらなくなったらしく、むせて苦しそうに咳き込む音が聞こえてきた。
通話口の向こうで、誰かが総悟に大丈夫かと声をかけている。
それを制する小さな声に続いて、「あのさ」と一変して落ち着いたトーンが向けられる。

『桜が、』
「さくら?」
『咲いたんだ、桜。ここの方が暖かいから、江戸の見頃はもうちょい先になっちまうけど』

見えていないのに、思わず頷いた。
知ってる。
総悟が送ってくれたから。

『チャイナにも見せてやりてェな』

何でもない事のように呟かれた一言に胸が震えた。
ちゃんと伝わっていた。
真っ白のメールから勝手に読み取った願望も、電波に乗せ損ねた気持ちも。
独り善がりでも自惚れでも無かった。
想うことは許されている。
そう感じていられることが純粋に幸せだと思えた。

「沖田と、一緒に見たいアル」

電話越しの総悟が、嬉しそうに笑った。
















「…もしかして、今のでおしまいですか」
「そうヨ。めでたしめでたしだったダロ」
「母上。僕が聞いたのはプロポーズの言葉だったんですが」

縁側に胡坐をかいて定春32号(ちなみに普通の大きさの犬だ)を膝に抱えた我が子が不満そうに睨み付けてくる。
最近少しばかり、出会った頃の夫に似てきた。
あの頃鼻について仕方なかった大人ぶったシニカルな表情が、今では掛け替えないものとして映るのだから人生どう転ぶか分からない。
くすりと笑った神楽をどう勘違いしたものか、小さな総悟はますます眉間に皺を寄せた。
致命的に機嫌を損ねないうちに、ゴメンと折れておく。

「だって、本当にあれで地球に帰ってこようと思ったアル」
「帰ってきて、結婚するまでに何か無かったんですか」
「桜見に行ったヨ」
「……」

呆れかえった表情でまじまじと神楽を見上げる。
やがて、諦めたように小さく溜息を吐いた。

「もういいです。あんたらがいつまでたっても仲良く喧嘩する猫と鼠みたいでいる所以は何となく分かりましたから」
「マジでか」

荷造りをしていた手を止め、神楽は息子の顔を覗き込んだ。
彼が居心地悪そうに身じろぎすると、その膝から定春が転がり落ちる。
そのままにして、彼は膝を擦るように神楽に近付いてきた。

「次は何ヵ月後になりそうですか?」
「そうネ、3ヶ月はかかるってハゲが言ってたヨ。パピーにも伝えとくヨロシ」
「ああ、それで思い出しました。伝言です。父上から」

立ち上がると、神楽の手から荷物を奪って先に歩き始める。

「何て言ってたアルか?」
「2ヶ月帰ってこなかったら浮気してやるって」

肩越しに振り返って意地悪そうに微笑む顔は、どちらに似たのか。
遠慮無しに黒い笑みを返してやった。

「やれるもんならやってみろって言っとけヨ」
「嫌ですよ。定春も食わないモンに巻き込まれんのは」
「じゃあ、寂しいのは私も一緒ヨ、にしとくアル」
「そんな馬鹿ップルぽい台詞、子供に言わせんで下さい!」

焦りを含んだ怒鳴り声を、大きく踏み出して追い抜く。
靴を履き、勢い良く我が家を振り向いて大きく深呼吸。
ポケットに手を当てて、感触を確かめる。
古くなって今は電話として使うことはなくなったけれど、総悟がくれた携帯は相変わらず神楽のお守りだ。

「いってきますヨー」

再び旅立つ宇宙に向け、手に馴染んだ傘を開いて微笑んだ。
紫の花を開かせるみたいだといつかの桜の下で言ってくれた声があった。

(いってらっしゃい)

彼の声を、きっと忘れない。
どんなに遠く離れても、迷わないで帰ってくるから。
そしたらまた笑って抱き締めてもらうんだ。 









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モドル