鼓動は思うより正直で
暗闇に浮かぶ屋台や提灯の明かり、賑う人々の波に沖田は溜息をこぼした。
何が悲しくて、将軍の護衛などしなければならないのだろう。
たまに警護を抜け出し(土方さんのお金で)屋台に繰り出したが、去年のように神楽と鉢合わすこともなく、 暇つぶしと腹の足しに終わったそれは酷くつまらなかった。
けれど、あと半刻もすれば盛大な花火をエンディングに祭りも終わる。
時計で時刻を確認し、配置に戻ろうとした時だった。
「沖田・・・・!」
グンッと後ろに向った引力に振り返ると、綺麗な朱色をした頭があった。
(ほんの少し見えたうなじは暗闇によく映えていた)
やっと見つけたアルと言いながら息を整える兎の声に鼓動が高まったなんてまさかそんな。
「わざわざ俺を探してたんですかィ?神楽サン」
「ち、違うアル!」
期待を冗談に含めて問えば兎はすぐにその顔を赤らめて大声で否定の意を告げた。
けれど、その間も沖田を捕らえた手は裾を握っていたので皺が寄るとは思ったが沖田はそのまま言わずにいた。
言えば放すのだろうが、それを勿体ないと思ったのはきっと神楽が珍しく浴衣を着ているせいだと沖田は結論づける。 あぁ、そう言えばこいつ浴衣姿だと琥珀色はまじまじとそれを観察し始めた。
「な、何アル」
「いや、浴衣、なんですねィ」
いつもの、チャイナ服ではなく。
普段横で団子にしている髪も今日は後ろでひとつに結わえている。
バッと顔を上げた兎の顔は先程よりも赤い。
「あ、姐御がっ!せっかくのお祭だからって着せてくれたアル!
お、お下がりだけどって!」
兎は目を泳がせながらしどろもどろに一生懸命弁舌してくる。
髪の隙間から覗く耳は赤い。
いつもの威勢はどこにいったんだろうと思う程に、普段なら毒舌ばかり吐くその小さな口が躊躇いがちに僅かに開く。
「ど、どうアルカ?」
蒼い大きな瞳は忙しなく、小さな唇は微かに震え。
旦那でもなく、眼鏡でもなく、耳に届いたソプラノは確かに沖田に意見を求めたもので、他の誰でもない。
そう思うと顔が熱くなった。けれど、
「に・・・・あってねーよコノヤロー」
「・・・・っ」
言ってしまったという思いと「くるか」という予想に、沖田の親指は鍔を押し上げていた。なのに。
実際、目の前の兎はどうだろう。
何故、眉を下げるんだ。
何故、口を噛み締めている。
何故、そんなに悲しそうな顔をする。
「かぐ・・・」
「そうかヨ」
兎は顔を俯かせたまま、ふいっと方向転換するとそのまま駆け出していった。
今なら追いつけるという思いを阻むように、前から押し寄せる人の波がうんと神楽との距離を遠ざけた気がした。
「・・・・・・っ!!」
ついに我慢しきれなくなった痛みに神楽は立ち止まった。
足元を見れば、なれない履物に指が擦りむけ赤くなっている。
最悪アル
足を引きずり、祭会場のハズレにある公園に入るとカップルと思わしき男女がベンチに座っているのが見え、 神楽は眉を顰めた。
周りを見渡すと他にもベンチはあったが、何処だかの酔っ払いが寝そべっている。
家に帰れコノヤロー
神楽は盛大な溜息をつくと、家に帰るべく踵を返した。
妙が浴衣を手に万屋に訪れた時
浴衣を着付けして貰っている時
ちらちらと脳裏に浮かび上がっては意識させる蜂蜜色。
会えば喧嘩ばかりで、まともな会話のキャッチボールななんて最早論外だ。
(寧ろ、沖田とのそれはドッチボールに近い)
なのに、どうしてお前は。
滲んだ視界に神楽は目を擦った。
「オイ」
「ぎゃっ!」
不意に肩を掴まれ、神楽はビクリと体を震わせた。
恐る恐る後ろを振り返れば、肩で息をする沖田がいた。
「てめ、あんま、ウロチョロしてんじゃ、ねぇよ・・・」
「お、沖田・・・・?」
大きく目を見開く蒼い目に、まっすぐそれを見据える紅い眼が絡む。
息を整え終えたらしい沖田はスッと神楽に何かを差し出した。
受け取ったそれは白くふわふわとしており、甘い匂いが神楽の鼻を擽る。
「わたあめ・・・?」
それには返事をせずに沖田はきょとんとした神楽の、一筋乱れた髪を掬う。
瞬間、神楽の華奢な肩が微かでも跳ねたことに少なからずも沖田は高揚する。
それは自分の気持ちに誤魔化しが効かないことを理解するには十分な感情で。
ガキだと思っていたのは、まだそんなに遠くないと思っていたのに、
おまえは、いつの間に。
「一度しか、言わねぇから」
柄にも無く緊張していると、頭の隅で思いながら意を決して言の葉を紡ぐ。
掬った髪はそのまま放さない。
何かに、触れていたかったのかもしれない。
今から言う言葉はありきたりな、それでいて大きな意味を含むのだから。
神楽の眼がまっすぐにこちらを見つめる。
「・・・・・・・・浴衣、(思っていたよりも)似合ってまさァ」
沖田の言葉に眼を見開き、さっと頬に紅を走らせる神楽を抱きしめようとして
けれどそれに至らなかった腕は中途半端に宙に浮く。
一度眼を伏せた神楽の睫毛が存外に長いな、と思っていると蒼い、瑠璃色の瞳と再びぶつかる。
「あ、ありがとアル」
少しはにかんだような笑顔に沖田は今度こそ神楽の腕を引っ張った。
尾を引いて浮かび上がる光の球がやがて空に大きな華を咲かせ始めた頃、
銀時と新八は公園のベンチに座る神楽をみつけた。
「おいおいおい、お前こんな所に居たの?
途中で逸れっから心配したんだぞ、1割くらい」
「何言ってんですかあんた。キョロキョロしてたくせに。
それより神楽ちゃん、どうしたの?そのわたあめ。お金持ってたっけ?」
「まさか、脅したんじゃないだろうな?」
纏まりのない銀髪をぐしゃりとさせながら面倒くさそうに言う銀時に「そんなことないアル」と
神楽は眼を据わらせるが、わたあめに眼を向けるとほんのりと頬を染め緩く口元を上げた。
「お金は払ってないけど貰ったアル」
「だ、誰に?」
何故か冷や汗をかきながら問う新八と、その隣で同じように冷や汗をかく銀時を
一瞥すると神楽は再びわたあめに眼を戻した。
その顔は酷く柔らかく、銀時や新八、定春に向けるのとはまた違う表情にあぁもしかしてと思うそれは確信に近い。
「秘密アル」
にっこりと、ただ一人の少女として笑う神楽に顔面蒼白で 「ちょ、神楽ちゃんんんん!? 何で頬を染めてるのォォォォオ!?」 と騒ぐ銀時の様子は父親よろしく、子離れできないそれに近いなと新八はこっそり思う。
「女は秘密を着飾って美しくなるアルヨ」
「何!? 今度は何の影響!?」
その間にも様々な色や形をもって夜空を彩る花火に神楽の足の指に巻かれた絆創膏は確かに照らされる。 誰に気付かれることも無く。
女は秘密を着飾って美しくなる・・・これに反応した方友人になってください(笑
お題はコチラより。
モドル