初めての宝物


"遅くならないうちに帰ってきなさい"


そう言った姉の言葉を思い出したのは何故だろう。
地肌が見えないほど敷き詰められた朽ちた葉の上を、なるべく足音が出ないように気をつけて歩を進める。
上空を見上げれば、多い茂る木々の間に落ちてゆく陽が作る赤い空があった。
もうそろそろ、帰った方が良いのかもしれない。
引き返すか?と、一度足を止めた。
けれど湧き上がる好奇心に負け、姉に怒られることを覚悟した総悟は再び歩くことに専念し始めた。



悪い子すると森の魔に喰われるんだぞ!



昼間、一緒に遊んでいた子供がそう言っていた。
何でそういう話が出てきたのかは覚えてないが、"森の魔"という言葉に酷く惹かれたことだけはよく覚えている。
何より、それに纏わる奇怪な噂が面白かった。
ばーさんと一緒に暮らしてるんだとか、いや銀髪の男と一緒なんだとか、今日だけで不確かなそれを随分と耳にした。
しかし、その中で異口同音に皆、「そいつは鬼の仮面をつけた子供」だと言う。
見たのか?と訊いたら殆どの子供は見てないと、首を横に振った。
変なの。そう思わずにはいられなかった。
それだから、確かめてみようと今に至る。
不思議と、怖いとは思わなかった。





ざっざ、と後ろから音がするのを耳にして、総悟は固まった。
自分の足音、ではない。
大人のものでもなさそうだ。
まさか、
一気にどくどくと胸が高鳴るのを感じ、耳を澄ます。
足音はどんどんと近づいてくる。


あれ? 確か噂じゃ喰われるって。
あれ? 自分大丈夫なのか?


いやいや、返り討ちにしてやる。
そんなことを思っている内に足音の主がぬっと顔を現した。
あぁ、こいつは確か近くの道場の。

「眼鏡くん」
「新八だボケェェッ!」


瞳孔を思いっきり開いてツッコミを入れてくる新八に総悟は、そういえばそんな名前だっけ?と返した。
眼鏡の下の茶色い目がじとりと睨んできたが軽く受け流す。
そんなことよりも、だ。


「何でここにいるんでィ?」


きっと誰もがそう聞いただろう。
その質問に新八は一瞬びくりと肩を強張らせると、ちらりとこちらを伺ってきた。
そういえば新八も昼間一緒に遊んでいたんだっけ。
そして、話が"森の魔"に及んだ時は存在を消そうとするかのように、一言も口を挟もうとはしてこなかった。
時折何かを言おうとしたのか、口を開きかけていたのを知らなかったわけではない。


「あの、森の魔に会いに行くんですか?」
「あぁ・・・」


会いに?
あぁ、そうだ。少なくとも「見に」行こうとは思わなかった。
新八の質問に答えてから、そう思い至る。
隣には、難しそうな顔をした新八がうーんと唸っていた。
そういえば、俺の質問シカトされた、と思い出した時、新八が総悟の袖をぎゅっと掴んだ。
顔は険しいままだった。


「会って、どうするんですか?見世物とかに、するつもりなんですか?
ただの、ただの興味本意なら、会いにいかないでください」


珍しく、新八に圧倒されたと思った。


モドル/