ぽーん、ぽーんと畳と掌を行き来するのは、綺麗な鞠がひとつ。
纏う着物は上品な代物だが、彼女は奥の部屋。
外に現れるのは曇りか雨の日と知りながら、欲目に溢れた足数は今日も減る様子の無い。
それでも、一体誰がつけたのか。
なよ竹のかぐや姫という通り名だけは誰の耳にも行き届いていた。
今は昔、栄華に栄える都市のずっとはずれ。
小さな山ひとつと、数件の寂れた家々を抱えた村の一角にそれはぽつんと存在した。
玄関先には紅い縁取りの板が一枚掲げられ、「万事屋銀ちゃん」と書いてあるが、外見を覗く限り、一ヶ月に何人が仕様しているかはあまり期待できない。
所々見られる、焦げ後や鍵穴を荒らしたような痕跡は万事屋の向かいに住む大家・お登勢の可愛がるたまとキャサリンの仕業だろう。
尤も、それは万事屋の社長(と呼んで良いかは些か疑問であるが)の銀時が家賃を停滞させなければ、きっと綺麗なまま年季を重ねただろうから、一概に彼女たちのせいには出来ないのだが。
朝というには遅く、昼時というにはまだ早い時間、銀時はお登勢の経営するスナックのカウンターに腰掛けていた。
その目の前ではお登勢が札束を数えている。
「・・・六、七、はい、今月分の家賃は頂いたよ」
「あー、俺の賭け事代ー」
「ワガママ言うんじゃないよ。あの子が来てから、家賃の停滞もないじゃないか。
まぁ、尤も? 家の前に人垣を作っておきながらお客は入ってないようだけどねぇ」
まぁ、そうじゃなきゃ、あんたも今ここに座ってないだろうね。
ふふ、と不遜な笑みを浮かべ、カウンター越しに紫煙を燻らせているお登勢に拗ねたように唇を尖らせた銀時は、目の前の既に空にさせた茶碗(先ほどまで特性宇治銀時丼が入っていた)を腕で退けると、そのまま頬杖をついた。
面白みの無い話が始まりそうだ。
そんなもの、背筋を伸ばして聞くまでも無く、その証拠に溜息をオマケしておこう。
ましてや、お登勢の指す"あの子"を見に来た男どもの話など、いくら新八(万事屋の唯一の従業員だ)に子離れの出来てない父親のようだと揶揄されても喜んで耳にしたいものではないのだ。
なよ竹のかぐや姫。
巷どころか、都市部にまで浸透していたらしいその名前は一ヶ月ほど前から万事屋で育てている娘の通り名のことだ。
本名は神楽と言ったが、銀時が副業の竹取をしてる最中に倒れてるのを見つけたためか、既存していた「竹取物語」に肖った通り名の方が早くに浸透した。
あともう何年もしたら妙齢になる娘が、そこそこの上級な着物を着ていながら、何故このような村はずれの山に倒れていたのかは未だに謎であるが、国単位でも珍しいとされる桃色の髪の毛に、透き通るような白い肌、大きくくるりとした蒼色の瞳は何をせずとも人目を惹いた。
おかげで、万事屋の前には常に人だかりが出来ているが、依頼の入らない状態なのだ。
実に面白くない。
「うっせぇなクソババァ、違うよ。あれはアレだ。万事屋に用があるけどお洒落な雰囲気に入れないどうしよう、っていう男どもだ」
「いい加減目を覚ましな、銀時。あの娘目当てだってことぐらい、とうの昔に分かっていることだろう? その上、帝様もあの子をご所望だって話じゃないか」
「はっ、物好きも居たもんだな」
帝様の名前にさすがに銀時も一瞬ばかり目を見開いたが、すぐにその情報を鼻で笑った。
どいつもこいつも外見に惑わされすぎだ。
物好きな、とそう言えるのは、銀時をはじめとする彼女の側近のものたちだけだろう。
彼女は顔こそ愛らしいことこの上なく、鈴の鳴るような声で「銀ちゃん、銀ちゃん」と慕われれば、悪い気がしないというのも事実。
だが、性格は横暴で毒舌。その上、想像を絶する大食いっぷりだ。
そのせいか、彼女を引き取り始めてからすぐに降って湧いたように得ていたお金も殆どが食費代に消えているのは言うまでも無い。
「引き続き面白くない内容になるかは解らないけどね、依頼が来てるよ、銀時」
仏頂面を続ける銀時にお登勢は口許に笑みを浮かべたまま、一枚の封筒を差し出した。
真ん中に「万事屋さまへ」と書かれているが、それ以外の文字は何も見受けられない。
眉を顰め、訝る銀時にお登勢は更にニヤリと笑みを深くさせると「ただの依頼じゃなく、宮廷からの極秘ものだ」と、告げた。
今度こそ大きく目を見開いた銀時の耳に、外の喧騒も、銀時を探しに来た新八の訪れも音を届けるには至らなかった。
右手を額に置き、表情を隠すように俯く銀時の肩が心なしか震えているようにさえ見える。
「・・・有り得ない、だろ。 何だって・・・"そんな所"から、よりによって? 俺、は・・・」
独り言のようで、誰かに答えを求めているようなそれに、簡単に返事をできる者など居はしない。
モドル