どうしようもなく、浮かれてたんだ。
再度の逢瀬に、こんなにも。
話など、山のようにあった。
途中、ミツバがこっそり持ってきたというお菓子を食べたりしながら思いつくままに交わす会話は、
途切れることをしらないように、やがて神楽の瞼が重くなるまで続いた。
「ミツバ姉・・・せっかく来てくれたのにゴメンアル」
「あら、謝らないで。今日は会議もあったんでしょう? きっと疲れが出たのよ」
意識していなければすぐにでも閉じてしまいそうなほど、睡魔はすぐそこまで寄り添っていた。
ベッドに戻された神楽の手を、あの日のように包むミツバの手は変わらずに温かい。
あぁ、そういえば今日は結局来なかったな、と不意に兄の顔が思い浮かんだ頃には神楽の瞳は瞼の裏を映していた。
ミツバ姉と会わせたかったのにな・・・
そう思いながら神楽が意識を手放すのと、「ごめんなさい」という声が聞こえたのは、ほぼ同時であった。
* * *
「寝たわよ、神楽ちゃん」
「そう、寝顔もかわいいでしょ?」
一応は控えめにされたのだろうか、小さなノックを二回響かせて部屋に入ってきた神威はベッドサイドに座るミツバの
横まで来ると、妹の寝息を確認してから彼女の前髪を片手であげ、額に口付けを落とした。
そのまま頬に掌を滑らせ、見入るようにじっと神楽の顔を見つめる彼の瞳は初めて見る一面だった。
あぁ、彼もこんな瞳をするのかと思うのは、恐らく神威が城中の誰にでも同じ顔をして接しているからだろう。
今日の昼頃、初めて彼と会ったときも感じたが、この男の振りまく、いつも顔に貼り付けている笑顔はどこか
恐怖を残す。
神楽の兄だと自己紹介されたときは、こっそりと神楽を心配したほどだ。
「この部屋に来る前に渡されたお菓子だけど・・・睡眠薬でも入ってたのかしら?」
「そうだよ?よく気づいたね。 神楽は怪しまずに食べてくれた?」
「えぇ・・・でも騙すみたいでもう嫌だわ。 もしかしたら、と思うんだけど・・・
今日の会議に出されたお菓子にも入って・・・」
「ご名答。 どうやら俺はあなたを見くびっていたようだね。
神楽の身の回りは全部、俺に任されてるんだ。
その会議のお菓子で眠ってもらってる間に、さっきのお菓子作りってわけでね」
即効性の薬でもないし、俺から神楽に持って行っても良かったんだけど、万が一に気づかれたら困るんだ。
それにしても、あなたが神楽の知り合いだったなんて助かったよ。
それに・・・賢い女は嫌いじゃない・・・
まるで予め決められていた科白を言うかのように朗々とそこまで一気に口にした神威と目が合う。
既にいつものように笑みを貼り付けている彼に、感情の色は見受けられない。
そういったところが少し苦手だとこっそり思いながら、どう返事をするべきかかあぐねていると「そういえば」と
その相手から声が掛かった。
少しだけ肩が上がってしまったことに気づかない振りをして「何かしら?」となんとか返した声は少し震えていた。
「あんた、この国の人じゃないんだってね、ニホン国の人なんだって?」
「えぇ、でもどうしてそれを?」
「ハゲ・・・あ、星海坊主って言った方が分かりやすい? とりあえず、そのハゲが言ってたんだよ。
あんたと数名、人質としてこの城に仕えてるんだってね」
「・・・そういうあなたは夜兎族なんでしょう? この国の先住民族なんですってね」
ニホン国からの人質・・・とりわけ隠していたわけでもないが、ペラペラと身の上をこの男の口から話されたミツバは、
それを言い出す訳があるのだろうとは思いつつも、ついそれを口にしていた。
目には目を、歯には歯を。 それを念頭に置いていなくとも、他人に、それも会って数時間と経ってない、
会話すら今日が初めてという人にそれをされて、気分が良いはずもなかった。
しかし、確認するかのように出身を言われた男はミツバの言葉に一瞬間を空けると、次には
「そんな何十年前の話」言いケラケラと笑い出した。
「確かに、俺はその先住民族の夜兎の出身だけど、この国が出来たのはあのハゲが子供の頃で勿論俺は生まれてない。
つまり、住む土地を取られたという意識は特に持ってない。
迫害されてるわけでもないし、現に城下にもそんな意識の夜兎の人間なんて結構居るしね」
しばらくクスクスと笑いながら神威はそう言うと、ふぅと一呼吸置き
「・・・それを言いたいわけじゃないんだ」と静かに零した。
神楽とよく似た色の瞳がすぅと窓へ移る。
まっすぐと向けられた視線の先にあるのは、きっと夜空ではない。
もはや、無表情に近い顔で何かを見据える様子にミツバは戦慄にも似たものを感じた。
恐らくは、妹の神楽でさえも兄のこのような様子を知らないのではないだろうか。
張り詰めたような雰囲気に、しかしミツバはこの部屋を出て行きたいとは思わなかった。
「・・・上手くすれば、あなたも祖国に帰れる計画がある・・・。
・・・・乗ってみる気は無い?」
男の眼は笑っていなかった。
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モドル