世界の端でオペレッタを #01



師が走るほど忙しい月、12月。
師走の名の由来はそれだと言われているが、あの銀髪教師に至ってはこの年の暮れになっても 走るようなことはしないだろう、と思いながら神楽は暗い廊下を歩いていた。
セーターの下にしまっていても尚、悴んだ手に息を吹きかけて擦っていると、隣の男・・・ 馬詰がふっと微笑んだ。


「大丈夫?」
「大丈夫ヨ」


神楽もそれに笑顔で返した。
ひっそりと、「沖田は言いそうにない言葉だ」と思う。
暗い廊下には、所々に非常口のランプが点っているだけで2人の足音だけが響く。
酷く、ひっそりとしている中を2人は歩いていた。
短い会話の間に、神楽はふと窓に眼をやると外には闇が広がっていた。
その中をこれから帰るのだと思うと少しうんざりする。
沖田だってもう帰ってしまっているだろう。

久しぶりに一緒に帰れると思ったんだけどな・・・


渡せなかった手紙がスカートの中でカサリと音を立てた気がした。
目の奥が熱いのもきっと気のせい。



* * *


父が冗談半分に教え込んだアルアル口調を身に付けたまま、日本に渡って来たのはまだ年も2桁にならない頃であった。
隣人であった沖田家と家族ぐるみの付き合いが始まったのも、その頃からで(総悟と兄ちゃんの仲が悪いのも その頃からだったように思う)今までの人生の半分はお互いの存在が占めていると言っても過言ではない。


家族以上で
兄妹以上で
友達以上の

存在
ずっと変わらない、
ずっとその延長だと思っていた。


「あの、これ、沖田くんに渡してくれる?」

昼休みも半分を過ぎた頃、頬を赤らめながら恥ずかしげにそれを神楽に差し出してきたのは、 クラスメートであり学年でも美人だと人気の女子生徒だった。
やわらかな印象を受ける亜麻色の髪色、くりっとした円い大きな瞳、華奢な体、同性からみても可愛らしい仕草、 欠点なんてあるんだろうかと思える性格。
いつだったか、友人が「神様は不公平だ!」と彼女を見て言っていた気がするが、目の前にすると確かにそう思う。


「・・・・・わかったアル」

にっこりと笑ってそう言うのが精一杯で、けれどなんとかして見せた。
ありがとう!と顔を綻ばせた彼女につられて、もう一度笑顔を貼り付ける。
何で自分で渡さないんだとか、何で私を経由するんだとか、そういう思いを全部胸の中に押し込んで、白いそれを受け取る。



超がつく程のドS精神を持った沖田は、それでも何故かモテていて(残念なことに、彼に惚れた女共を"見る眼がない"と 笑うことは出来なかった)自分に嫉妬に塗れた賜物が送られることも少なくなかった。
それが嫌で沖田を避けていた時期も、いつの間にか問題の人物に絡まれていたりして、結局は離れられないのだと 思うと妙に嬉しく、その気持ちは次第に大きくなっていった。


だけど、言わない
言えない


そのクセ、人の恋愛(特に沖田絡みの)を手伝うのは気が引けて、そんな自分が嫌になる。
しかし、一度受け取ってしまったものは仕方ないし、後々面倒なのだ。女子間というものは。

いつだったか、「私も男だったら楽だったのに」と沖田に言ったら「そんなの俺が困りまさァ」と返ってきたが、 沖田には女子間のイロイロなコトが分かってないんだろう、多分。


あぁ、しまった。
やっぱり思い出すのは沖田とのやりとりばかりだ。


カタンと音を立てて席を立つ。
しかし、それはそこそこに賑やかなクラスの騒音に紛れて。

用事のついでに、今から渡しに行って来るアル

感情をひた隠しにした笑顔を貼り付けて、先程の女子生徒に言う。
"えっ"と形づく唇、朱を走らせる頬のなんと可愛らしいこと。
生憎、自分には持ち合わせていない部分だと思う。
"ありがとう、よろしくね"とふんわりとした微笑と共に言われる。
そんな風に言わないで。 私はそんなお優しい人間ではない。
沖田への気持ちを綴ったであろうこの手紙を持っているのが辛かっただけ。


ドアを開けると、教室とは一変した突き刺すような空気が身を包んできた。
廊下の窓には結露を利用した落書きがしてあって、内心「ガキかよ」と思う。
あ、だけど、2年の時、まだ沖田とクラスが同じだった頃に2人で落書きをしたっけ。
沖田が大串くんの悪口書いて、ゴリが姐御に告白の言葉を書いて、東城は・・・何だっけ。
あぁ、そうだ。"若命"って書いて(その後、ゴリと東城はボコられていたな)、私は"銀ちゃん大好き"って 書いたんだ。(それを見た沖田がすぐにそれを消してくるから喧嘩になって、教室を半壊してしまったのも 今は良き思い出)


寒い廊下にわざわざ出て昼休みを潰そうなんて人はなかなか少ないから、神楽は思い出し笑を隠そうとはしなかった。
今の時間、沖田は何処にいるのかな。 屋上? 図書室?
久しぶりに一緒にサボってしまおうか。
しかし、そんなことを考えているのは束の間で背後から「神楽!」と呼び止める声。
聞き慣れた、それでも沖田のではない、それ。


「・・・・馬詰、」

振り向くとほら、やっぱり。
女受けしそうな、整った顔。 クラスメートで、同じ体育委員。
小走りでもしてきたのだろうか、少し上がった息が廊下に白く現れる。


「どうしたネ」
「あ、うん。 今日の放課後、委員会だって」
「えー、マジでか」


心底残念と声に表せば、マジだよと馬詰は笑った。
その時に出来る笑窪を、神楽は内心可愛いと思う。
(前に言ったら、本人が気にしてる風だったので以来言ってはいないが)
だからと言って、やはり委員会は面倒くさい。


どこに行くの?
沖田のとこ
ふーん。あのさ、
ウン、あ!


自然の流れ、なのか馬詰はそのまま神楽についてきた。
短い会話の途中、神楽は目当ての人物を見つけ走り寄る。
冷たい空気が足に当たって、膝掛けをしたまま走りたいと思ったのは致し方ないと思う。
(多分、そんなことをしたら沖田は"バカじゃねぇの"と笑うんだ)


「沖田・・・っ!」


呼べば振り返る栗色は「何?」と少し気だるそうに。
委員会だから一緒に帰れないアル、と伝えても返事はなく。
別にいつも一緒に帰る約束をしているわけでもなく、わざわざ伝える必要もないのかもしれない。
沖田は頷くこともせず、何かを言おうとしたのか少しだけ開いた口をまたすぐに閉じて、長い腕が私のそれを掴んだ。
ビクッと方が強張るのが自分でも分かる。
気持ちは言わないと決めていたのに、腕を掴まれただけで心臓の高鳴る私はなんて単純。


顔が熱い
心臓が大きく脈打つ
掴まれた腕を通して聞こえてしまいそう


どうか気づいて
どうか気づかないで


ゆっくりと見上げた先には紅い瞳がまっすぐにこちらを捉えていた。


「俺も、今日部活あるから適当に待ってる」


確かに沖田総悟はそう言った。
ソレに返事をするのが精一杯で、嬉しいはずなのに上手く笑えたかどうかも分からない。
けれど、目の前のあのゆるい笑みにどこか安堵してしまう。
期待して、しまう。


あ、手紙渡せなかったアル


気づいたのは手を振って別れた後。
放課後に渡そうか。
渡せる、だろうか。



「神楽、」


馬詰が呼ぶ。
なんだか今日はやけに呼ばれるなと思いながら、声の方へ首を向ける。
彼の肩越しに見えた栗色は見知らぬ女子に絡まれていた。
あ、なんだか楽しそうな顔。


「手紙」
「!」
「渡さなくてよかったの?」
「・・・・・知ってたアルか?」


疑問に疑問で返すと馬詰は「ま、ね。聞こえてたから」と肩をすくめた。
それに、ふーんと相槌をうつ。
そういえば、近くの席に座っていた気がする。


「俺さー、沖田に嫌われてるっぽいんだよね。
この前とか、さっきも挨拶無しだし」


並んでクラスへ向かう途中、馬詰は不意に口を開いた。
ケラケラと笑いながら言うあたり、本気で言っているのか解りづらいが、3年にもなると付き合いはそう無さそうだと 神楽は思う。


「沖田はだいたいそんな感じアルヨ?」
「そうかな、俺の見てる限り、神楽にはよくちょっかい出してるし、土方とかとよく話してんじゃん」
「そ、それは、私はただの幼馴染だし、トッシーは同じ剣道部だからアルッ」


馬詰の言葉に神楽はフォローとも弁解ともつかぬ言の葉を並べる。
今度は馬詰がふーん、と相槌をした。


「それにっ」


タンッと床を蹴り、神楽は馬詰より半歩先に出た。
教室のドアはあともう少しで、隣のクラスの騒ぎ声が一緒に廊下に漏れてきていた。



「沖田は私のこと、妹としか見てないネ」



そう、見ていない。
それは誰から言われたものでもない、沖田本人からのもので。
言い切ると、目の奥が熱くなった。

それでも諦めきれなかった。
ずっと傍にいたはずなのに。
それでも欲張りになっていく。
どうしても求めてしまう。

これ以上の、関係を。






#00/ モドル/ #02