「帝様っ! お待ちくださいませ、帝様っ!」
場所は都が王宮。
ドタバタとはしたなさも忘れて女中たちが、背後の廊下を通り過ぎるのを
総悟は鼻で笑う気持ちで聞いていた。
廊下の角から周りに人がいないことを確認すると、女中たちが走り去った方とは
逆に足を運ぶ。
日常にも近い行為。
慣れるもクソもなかったが、いい加減に飽き飽きするというものだ。
「上手く逃げ切れたって顔だね」
「っ!」
気を抜いていたせいだろうか。
それとも、近くから声が聞こえてきたせいだろうか。
総悟にしては珍しく、驚愕に目を見開いた。
動かそうとしていた足も静止画宜しくピタリと止まる。
しかし、総悟の動きを止めた声だけは、聞き慣れたものであった。
半ば睨むように、そして蔑むように、傍から見れば人はそれを流し目とでも
呼んだのであろうか。
総悟はジト目で、庭に居る声の主に視線を寄越すと、
そこには桃色をした長髪を後ろで軽く結っただけの男が、にこりと笑みを浮かべて立っていた。
公私関係なく、帝の位に即する総悟に唯一、一度たりとも敬意を払わない相手、神威だ。
尊敬語の欠片もない掛け声は親しさからくるものではない。
当然、楽しげな雰囲気もあるはずもなく、在るのは。険悪な雰囲気だけだ。
神威と総悟は周囲が呆れるほどの犬猿の仲であり、神威が総悟を帝様と呼ぶことも、敬う
ことも決してない。
公の場でまで神威がそれを貫き通すことが(賛否両論はあれど)罷り通るのは、
彼のお庭番としての技術も長けることながら、総悟もまた彼に敬意を払われたくない
からに過ぎない。
もしも、使ってきた日には嫌悪に吐き気さえ催すだろう。
暫く睨みあうように視線を交わし一時の間をの後、総悟は口を開いた。
「オメーかィ、女中どもをこっちに向かわせたの」
「人聞きが悪いなぁ、確たる証拠でもあるわけ?」
そんなに疑い深いと大変だね
相変わらず、ニコニコとしながら軽口を叩く神威に総悟はひとつ溜息をつくだけだった。
白々しい態度の彼に込み上げる感情はもはや怒りを通り過ぎ呆れに近い。
幾重にも重ねられた裾から手を出し頭を掻くと、総悟はそのまま歩を進める。
「利用されてやるんだから、今くらい自由にさせろィ。オメーの父親にもそう言っとけ」
ずんずんと進む先は恐らく自身の部屋だろう。
大腕を振り、大股で歩くその様はおおよそ世間一般が想像する帝の姿からは遠のくだろうが、
たった今神威が目にしているそれが現実だった。
もっとも、神威にとってはそのようなことなど、どうでも良いのだが。
「あのハゲに自ら口を利きに行けって?まさか。
会ったら伝えてやるよ。それで良いと思わないかい、そこのお姐さん」
気配で誰かを言い当てるなど面倒くさい男だと思いながら、存在を知られた月詠は
忍んでいた屋根から相槌を打った。
* * *
太陽が番人と自負していても実際は帝一族・・・特にミツバ専属の護衛に過ぎないと、
廊下を一人歩く総悟を遠目に月詠は思った。
事実、名実共に日輪の番人であったのは四年ほど前までの話で、日輪が護衛隊指揮官を
降りた今、太陽が番人と自負するのは茶番かもしれない。
今はもう違うのだ。 日輪の護衛役から帝が姉上、、ミツバの護衛役として仕っている
以上、昔のことなど振り切らなければならない。
しかし、そうは思っていてもどうしても忘れることが出来なかった。
四年前、宮殿から去っていった銀髪の男のことを・・・・。
お姐さん、と呼ばれたのはそんな時であった。
別段、気配を消していたわけではないが、気付かれるとも思っていなかった。
何しろ、ここは屋根の上で下に居る男からは死角になる位置のはずだ。
仕事柄、普段からこの男とよく話す方でも無いというのに、よく気付いたものだと思う。
それは彼の属する種族、夜兎の血がそうさせるものか、それとも彼独自の得意なのか。
それらの片方でも両方でもどちらでも月詠には変わりなかったが、屋根から少し顔を
覗かせた。
「別に盗み聞きしようと思っていたわけではないぞ」
「そう言うと逆に怪しまれるよ。ま、俺には関係ないことだけど。
仮にそうだとして、俺は今日機嫌が良いから気が向くまで黙っててあげるよ」
「じゃから・・・・まぁ良い。機嫌の良いと言われても、いつも笑みを貼り付けてると
分かりにくいのぅ。
だいたい、今日は帝様の新しい許婚候補が来るくらいしか予定はなかったはずじゃ。
それがぬしに関係あるのか?」
「・・・・当たらずとも遠からず、かな?」
「?」
中途半端な己の匂わせぶりで満足したのか、神威は仕事に戻るためか庭を横切り始めた。
疑問符を浮かべている月詠を一人屋根に残して・・・。
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モドル