同じ空の下で 1話


まだ半世紀も時の遡らない頃、世界にまたひとつ国が生まれた。

それから半世紀後の、今。
海に面した小さなその国の、かつての女王の座には新たな女王が君臨した。


「アルメリア・シェーダン国、万歳!! 神楽王女万歳!!」



* * *


空には、いっそ鬱陶しい程の蒼が広がり、千切れた布のような白い雲は陽の光を遮ってはくれないようだった。
今日という日に相応しい晴天と言う奴らも居たが、誰もがそれを喜ぶ訳ではないだろう?
例えば、俺、とか。


「神楽…妃殿下? いつまでテラスにお逃げになるおつもりで?」
「…兄ちゃん」



大広間からテラスへ続く硝子戸を静かに開けると、頭ひとつ分ほど小さな妹が此方へ意識を向けるのがわかった。
彼女の、薄い頬紅の走る肌には高級な化粧品。
普段あまり弄らない薄紅色の髪の毛は綺麗にまとめあげられ、色彩のはっきりした花々で飾られている。
赤を基調としたドレスは派手すぎず、彼女の白い肌を強調さえするような造り。

あぁ、なんて綺麗。

表情になんて出してやらないが、我が妹ながら最高の見映えだと思う。
いっそのこと、着飾られた妹の手を引いて、こんな所から連れ出せるなら。
そんなことをして式を壊すのも良いけれど、妹がそれを拒めば話は別だ。
何よりも、先程まで仰々しく執り行われていた「戴冠式」は神楽のためのものであったし、俺は彼女の召使いであり、立場は絶対的だ。

ならばせめて、と思う。
そんな陽のあたる所などにいないで、と。

神威の紳士よろしく伸ばした手に小さな手は恭しく重なって、ほんの少し力を入れれば簡単に華奢な体は引っ張られた。
手を繋ぐの久しぶりアルな、と言う彼女の澄んだ碧の瞳は少しぎながら。
右の口角を緩やかに上げたのが彼女への、答(いらえ)。


暫しの静寂の中で、空では鳥が鳴き、一枚硝子を隔てた向こうからは壮大な音楽が零れ落ちる。
それらは協和すること無く空中に消えていのを、何処か意識の向こうで聴覚が捕らえる。
不思議そうに此方を覗く碧い碧い瞳間に視線を絡める。
母親に似たそれを、幼い頃は飽きること無く見詰めていた。
今だって好きだと思うのに、彼女は不意に視線を逸らすと目を見張り、そして重ねていた手をほどいた。


戻るアル。
王様が待ってるネ。


するりと悲しい程にそれは離れ、硝子戸を押し開く。
直ぐ様、此の国の最高権力者に迎えられ、彼女は人混みに消えていく。
ふぅと着いたため息は誰にも届かない。
続いて広間に戻った足音は誰にも聞こえない。
それで良い。


大広間に響く豪勢に奏でられた音楽も、見知らぬシェフが振る舞ったという繊細な料理も、着飾った貴族たちの祝言も、今日、女王の座に君臨した妹に向けられたもの。

だけど俺は女王の君臨を祝いなどしないよ。




* * *


空の蒼が赤へと主導権を回した頃、神威は出来立てのブリオッシュと淹れたての紅茶の載せた滑車を長い廊下の上に滑らせていた。
詳しくなるつもりの無かった紅茶の葉ももう随分と覚えた。(それは驚異のスピードだと誰かが言っていたが、それはが誰だかなど覚えてない)

西日の射し込む窓は一定距離を置いて設けられ、そこからの風景は住み慣れた一面の城下街だ。
そこそこの年季の入った教会がひとつ、連なる屋根から飛び出して、内在させた鐘と共に静かに鎮座する様は、何よりも厳かに映る。
(神など俺は信じてはいないが)
少し目を凝らせば、以前暮らしていた家を見つけられるだろうが、神威はそれをせずに再び滑車を押すことに専念した。


何かにつけて不便だと思ってしまう位置に在したそこは目的地。
おやつと紅茶がまだ湯気だってるのを確認し、神威は華奢な造りをした扉の前で背を正す。
ノックをしようとした扉はしかし、触れもする前に開けられた。


「…お侍さん…」
「よ、よぉ。神威か。…おやまぁ、こんなに育っちゃって!飴あげるからその殺気抑えてくれる!?」

朧気の記憶にあるのと恐らく違わない紅色をした瞳が、ほんの少しだけ焦りに染められたことに神威は満足すると彼の言う飴とやらを掠め取った。
目の前の白髪の男の脇から身を乗りだし、部屋の中の神楽の様子を伺うと彼女は男のすぐ後ろに立っていた。
目の前の、銀髪をした坂田銀時という男は親戚でも、ましてや此の国の者でもない。
男の住む国に伝わる剣術とやらに長けた彼自身の強さは気に入っていたが、ちょっとした伝で知り合っただけというのに神楽が彼にひどく懐いていることが神威には気に入らなかった。
今もそうだ。
妹はこの兄の前で男の腰に抱きついている。

「銀ちゃーん、来てくれてほんとにありがとネ」
「おぉ、あんま無理すんなよ?」
「おうヨ」


ニカと笑みを浮かべる神楽の頭を綺麗にセットされた髪型など目に入ってないかのように銀時は撫でた。
くすぐったそうに笑う妹の反応にそろそろ我慢が出来ず、神威は彼女の手を取ると銀時を追い出し扉を占めた。
絢爛豪華な調度品のところ狭しと並ぶ小さめの部屋の中で、神威はぎゅうと妹を抱き締めた。
普段なら既に抗議の声をあげるはずの妹は小さく笑いを溢し、兄の体をそっと押し退けすっと手を差しのべた。


「一曲如何デスカ?」


目の前で微笑む姿は幼く懐かしい。
神威がその手を取れば、幕開けと終焉の宴は開かれる。
静かに、そして密かに。



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モドル