ぎゅうと、半ば衝動的に引寄せた腰は思っていたよりも細く、首なんて簡単に折れてしまいそうだと思いながら鼻を埋めたのは、何となく気に入らない男が乱した髪の中だった。
* * *
「ただの会議です。解らなくても全然構いませんよ」
戴冠式から数日、特に何の仕事もなく暇を持て余していたある日。
そう言われて連れてこられたのは会議室という場所だった。
神楽の部屋よりも少し小さめの部屋の大きな窓からは日の光が差し込む。
小さい頃から憧れていたそれが、しかしこの場に似つかわしくないと思いながら神楽は腕を引かれるまま中に足を進めた。
バタンと背後で閉じられた扉が外界とを一切遮断したようで、今すぐに捕まれている腕をほどいて部屋を出たい衝動に駈られる。
既に席についていた名も知らぬ男たちは些か厳しい目付きで神楽を見据えた。
何をしたわけでも無い筈だが、何処と無く居心地の悪さを感じ、目を泳がせていると真向かいに座る国王とは目が合った。
彼は軽く身を乗りだし、すこし口角を上げ、そして口を開いた。
「いくら夜兎族出身と言えど、そなたも王女だ。
いきなりの"公務"につき合わせて悪いとは思うが、自らその座に落ち着いて貰ったからには仕方ないと思ってくれ」
ぽっこりと腹の出た体を椅子に沈む此の国の最高権力者は、ニヤリという言葉の符合した顔を首の上に乗せている。
同じ机を囲む男たちはそれを聞くと、示し会わせたように一斉に頷いた。
「王女…お返事を」
神楽を部屋から連れ出した、声左斜めに座る男がにこやかな顔をさせながら返事を促した。
神楽は微かに眉を寄せると、向けられた視線どもを蹴散らすように部屋全体を睨み付けた。
「…何を話し合うネ?」
***
国の真ん中に建てられた城は古くもなく、新しくもなかった。ゴシック調とロココ調やらを絶妙に組み合わせた最新の造りなのだと、誰かが熱弁を振るっていた気がするが、それが誰だか覚えてないのは、恐らくどうでも良いことだったのだろう。
戴冠式の際に大量に貰い、噎せかえるほどの香りを放っていた花々はそろそろ朽ち始めた。
一般教養や此の国の情勢などを教え込まれる時間以外、神楽は殆ど暇だった。
あとは多少の城中での会議にお呼ばれされるぐらいと言い切ってもいいだろう。
実際、今日も先程の会議以外は特に何も用事らしい用事が無い。
とは言え、此の国は決して安政した状況ではないため、会議に取られる時間は少なくは無い。
その上、神楽の習いたての知識など碌に役に立たないのを知ってか、家臣が意見を求めることなど無に等しかった。
出された茶菓子にただフォークをつき出すだけの時間はとても虚しい。
城中のことは知らないが、城下のことなら王妃の座に座るまで住んでいたために痛いほど解っているつもりなのに。
ベッドに深く身を沈め、ふと時計を見ると長い針が正午からもうすぐで3回目を回ることを知らされた。
その時分には一寸たりとも遅れずに兄がおやつを持ってくるだろう。
たった一人の兄は、同時に此の城内においてただ一人の世話人だ。
不便な場所に設けられた此の部屋を訪れるのも、殆どが此の容姿のよく似た召使いだと言って良い。
可笑しいね。
あなたは人の世話を焼くよりも、焼かせる方が似合ってると思うのに。
ついでに言えば、こんな城に閉じ込められているのも彼には酷く似あわないと思う。
(以前に言ってみれば、それはお前もだよ、とあなたはいつもの笑みを浮かべて言ったけれど)
城下で鐘の音が鳴り響いた。
腹に響くようなそれを感じながら、神楽は部屋を見渡した。
特に何が在るわけでもない。
朽ちた花弁がひらりと舞い落ちるのを見届けて、眠ってしまおうかと閉じかけた神楽の瑠璃色に、サイドボードに載る銀時からの贈り物の花束は留まった。
確か、ブロディウェズと言っただろうか。
オークの緑色の葉はエニシダとシモツケソウの華奢な華に綺麗に映えている。
造花だから枯れないんだと豪語してきた銀髪に、そうじゃなきゃ困ると笑い合ったのも、それを見た兄が「むかつく」と耳許で紡いだのも、未だに脳裏にしっかりと残っている。
眼を瞑る。
感覚のひとつが途切れ、それを補うように別の感覚が研ぎ澄まされる。
しかし、静か過ぎる程に静寂に包まれた部屋には何の刺激もなかった。
5分が過ぎた。
兄はまだ来ない。
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モドル